【私本太平記18 第1巻 大きな御手⑩】「閑《しずか》であれば、人が山を見。 忙しければ、人は山に見られているということなので」「ま、そうだな。すべての忙は、 閑には敵わぬとでもいっておこうか」
難波《なにわ》の旅寝をその夜かぎりとして、 次の日の主従《ふたり》はもう京へのぼる淀川舟の上だった。 「いい川だなあ、淀川は」 舟べりに肱をもたせて、 又太郎はうつつなげな詠嘆を独り洩らしていた。 「——わしの性分か。 わしは大河のこの悠久な趣《おもむき》が妙に好ましい。 川へ泛《う》かぶと、心もいつか暢々《のびのび》してくる」 「まことに」 右馬介は、すぐ相槌を打った。 「私としても、今日はヤレヤレという心地です。 天の助けか、一路ご帰国と、俄に、ご翻意くださいましたので」 「はははは。右馬介のやれやれと、 わしの暢々とを一つにされては迷惑だぞ。 “相似テ相似ズ”と申すものだ」 「はて、昨夜…